

1988年生まれ。大学卒業後、1年間ふらっと社会を見て回り、その後、社会福祉協議会に入職。ビールと連携と野球とランニングが大好き。座右の銘(?)は「他力本願」―――でも、ちゃんと自分も動きます。重層的支援体制整備事業、ひきこもり支援、災害支援、権利擁護など、福祉の分野を問わず幅広く担当。チーム支援や多機関協働に常に視点を持ち、小規模自治体だからこそできる柔軟で実践的な仕組みつくりを日々模索中。
1974年生まれ。一般大学卒業後、食品会社の営業職など、福祉に全く関係ない分野から社会福祉協議会に入職。住民相互の助けあい活動である「南魚沼なじょもネット」の立ち上げや意思決定支援のサポートとして「ライフデザインノート」など作成。現在、社会福祉法人南魚沼市社会福祉協議会地域福祉係長。好きな言葉は「頼まれごとは試されごと」
今日はよろしくお願いします。平田さんとは同じ社協マンということで、気軽にお話をお聞きしたいと思います。早速ですが所属と主な仕事の内容を教えて下さい。
関川村社会福祉協議会の総務課地域福祉係に所属しています。今年で13年目になりました。仕事内容としては、地域福祉に関すること全般を担当しています。最近では新たに権利擁護の支援が始まったり、その他にも生活困窮者支援や災害支援など広いフィールドで活動をしています。
日々、走り回っているような状態ですね。社会福祉士になって何年目になりますか?
大学卒業と同時に資格を取りましたので14年目になります。

大学のときから福祉を目指していた?
大学というよりも高校のときから福祉を目指していました。関川村という地域は高齢化率がすごく高くて、普段から地域の方だったり、おじいちゃんおばあちゃんと関わる機会が沢山あったんですよね。当時、サロンや地域の茶の間に参加させてもらったことがありました。そのときに、人と人がつながっている、地域と人がつながっているのがすごく心地いいなって感じて。
平田さんが持つ社会福祉士としての専門性はどういったところに発揮されていると感じますか?
制度の中だけではなく、その人の暮らし全体を包括的に見る視点が求められていて、自分自身もそういった価値観を持って仕事をしたいと思っています。あと、多職種との連携と実践です。これは社会福祉士というより、社会福祉協議会が持つ専門性だったり、強みと言えるかもしれません。
社協職員としてのやりがいは、どういった場面で感じますか?
人と人、地域と人との信頼関係が徐々に構築されていく過程を共にすることができるということにやりがいを感じます。お困りごとを抱えている方の思いや背景をしっかりと把握しながら支援の実践をする。そして、社協だけで無理をしないこと。色んな関係機関との連携や調整を重ねていくことで、深い支援につながると思っています。
その辺りは私ももっと勉強しなきゃダメだなと思っています。ソーシャルワーカーとして、これからの目標はありますか?
専門職として、地域と行政をつなぐハブとしての役割を意識して活動をしています。深く地域に根ざした領域に踏み込んでいきたいです。それを実現するには地域をつくるという視点が必要になってくる。既存の制度だけではなく、住民同士が支え合える仕組みを関川村に作りたいんです。そのためには、次世代の福祉を担う人材を育成していくことが重要だと思っていますし、福祉を担う地域の協力者も一緒に巻き込んでいく必要があります。

入職した頃と今とを比較したときに、平田さんが持つソーシャルワーク論であったり、実践方法で変わったところはありますか?
あの頃はただ漠然と、人のために役立つことが福祉だと考えていました。それが今は地域という目線を持てているんじゃないかなって思います。机に座って考えているだけではダメで、やっぱり自分の足で、目で今起きている課題を確かめに行く必要がある。そして、社協や行政、制度だけで地域を作っていくのではなく、その過程に地域住民が参加するような仕組みにしなければいけない。単にサービスや資源を作るだけじゃなく、地域の力を引き出しながら、お互いに利用価値のあるものを作り上げることが大切なんだと思います。
我々のような人口が少ない地域における社協の在り方が問われているような気がします。予算が立つ時期の関係で、公開が一般の企業や法人よりも遅くなることも影響していると思いますが、求人を出してもなかなか応募が来ない。私のときは30名以上応募があったのが、今は3,4人になってしまっている。これは人材確保という面でも大きな課題です。
新しく入職してきた人に、「なんで社協を希望したの?」って聞いたら、「ひとつの分野にとらわれなくて、幅広い仕事ができそうだったから。」と言っていました。社協ってまさにその通りなんですよね。だから、その魅力は発信したいなって思っています。社協だけでできないことは、どんどん専門性が高い人とつながればいいんですよね。それが地域やクライエントのためになるんですから。人口規模が小さい市町村だと、人がいないからできないとか、資源がないからってなりがちです。僕は「資源がないなら助けてもらえばいいじゃん。」という発想になります。そうしないと、仕事が進まないし、福祉が楽しくなくなってしまう。
制度にないことをどんどん実践できることは社協の強みでもありますよね。地域には志が高くて、問題意識を持っている人が沢山いる。社協の出番はそこにあって、そういった方々の力を借りながら、地域課題に挑んでいく。
そのフィールドの広さは社協ならではですね。でも、それが逆になることもあって、「社協って何をやっているとこなの?」という声があるのも現実です。これは福祉全体の課題かもしれませんが、PR力、発信力を持たなければいけない。研修とか企画とか、地域にとっていいことをやろうって思っていても、それが伝わらなければやっていないことになる。
何やってもいいよと言われた瞬間、動きが取れなくなることがありますね。何でもできるという環境の中で、何かを選択しなければいけないってなったときに能動的になれない。社協で働く職員の課題かもしれません。これから関川村ではどんな動きを考えているんですか?
3年ほど前から重層的支援体制整備事業の土台を使って、ひきこもり状態にある方や社会的孤立状態にある方への支援体制を作る動きをしてきました。色んなプロフェッショナルを巻き込んで実践することができているので、これからどんどん発展していけるという手応えはあります。自分自身の課題としては、この関川村という地域に、どんな福祉体制を作っていくかっていう具体的なイメージがまだできていない。これについては、色んな実践を重ねていく上で、自分の中に湧き上がってくるものを見つめなければいけないんだろうなって思っています。

平田さんはプロとして、『支援のゴール』ってあると思いますか?
意見が分かれるところだと思います。でも、僕たちが勝手にゴールを決めてはいけないということは言える。そして、支援過程の中の一区切りとして、一応のゴール設定はできるんだと思います。でも、クライエントのライフステージは変化し続けるわけですから、その時々で困りごとは出てくるんだと思うんですよね。だから、細くてもつながり続けること。そして、一度でも関わりを持ったら、こちらがそれを勝手に手放さないことが大切なんだと思います。
今、新潟県社会福祉士会は若い力を求めています。ぜひ、平田さんのようなバイタリティーを持った方に委員になっていただきたい。
何でもやらせていただきます(笑)。委員会への入り方とか、自分がどんな役に立てるのかというのが分からなかったんですよね。そういう社会福祉士は多いと思います。でもこうやって、本多さんがやっている会の活動を知ることができて良かったです。
早速、会に報告をしておきます。平田さんが同年代の方々を引き連れてくるって(笑)。