

地域包括支援センターに勤めているときに「身寄り」問題を感じ、有志で「身寄りなし問題研究会」を発足。代表を務める。「身寄りなし」を軸にLGBT、依存症、風俗、生活保護など社会課題の発信に取り組んでいる。法人化したのを機に本業を退職し沖縄から宗谷岬まで徒歩で日本縦断しながら「身寄り問題」の啓発活動を行った生粋の変人。
新潟県地域生活定着支援センター勤務。「信じて待つこと」をモットーにソーシャルワーク実践を行っている。趣味はヨガと旅行。座右の銘は「ゆっくりが一番の近道」。これまでは無我夢中に走り続けてきたが、立ち止まり休む事の大切さに気付かされ、ゆっくり進むことで得た気づきや発見を大切にしている。
今日はよろしくお願いします。須貝さんのあれこれをお聞かせ下さい(笑)。須貝さんとは仕事でも一緒になります。住む場所を失った方々の支援をされていますね。
今さ、国は居住支援をかなり押してるね。国交省も厚労省も居住支援に力を入れてるところなんですよ。だから、やっぱりニーズがあるんだなって。住まいは大事だから。
重層的支援体制整備事業も始まりましたね。これによって、地域福祉の体制ってどのように変化するんでしょうか?
困りごとを抱えている方のご相談を、まずは一旦お引き受けしましょうとなった。これはとても良いこと。だって福祉がやらなきゃいけないことって無限にあって、個々の課題に対して、それはうちではできませんっていうのはなしだよ。福祉をやる側の覚悟が問われていると言えるね。
須貝さんは色んな活動をされていますね。今日のお召し物も素敵です。
平栗さんも着物似合いそうだよ。この文化がなくならないように、こんな活動をしているの。ラフに着るっていうのがうちの着物の会のコンセプトでね。「新潟着物男子部」っていうのを作って。他にもいろんな着物団体が集まってね。

その着眼点がすごいですね!!須貝さんはもともと看護師ですよね?それがどうして社会福祉のフィールドに移ったんですか?
母の影響で看護師になったの。うちは父親が大工なんだよね。男三人兄弟なんだけど、普通は誰か大工を継ぐじゃない。でも、兄と弟は東京出ちゃって。そんで、俺は母の職業である看護師の道を選んだ。今から30年以上前だから男の看護師なんて、精神科か手術室ぐらいしか活動の場がなかった。知名度もなかったしさ。大変なこともあったけど、看護学校のときにモテ期を過ごせたという点では良かったかなぁ(笑)
看護師として経験を積まれて、ソーシャルワークの道に?
看護師をやりながら、色々考えているときに介護保険が始まって。ケアマネジャーって資格があるみたいだから取ろうかなーって。それがソーシャルワーカーとしての始まりだったね。でも、10年間ケアマネジャーやったらなんか飽きちゃってね。それから、地域包括支援センターに入った。でも、これ社会福祉士取らないとダメだなと思って。あの頃から、社会福祉士を対象にした研修会がたくさんあったんだけど、それが非常にしっくりきたの。大先輩の話も面白かったしね。
そこからヒーロー、アワセロンが誕生するんですね(笑)
そう、そう。昼間はヒーローして、夜はバーの店主をやってる。俺が描く社会福祉士の最終形態はヒーローなの。
須貝さんが立ち上げたNPO法人身寄りなし問題研究会で定期的に勉強会を開催していますね。私もたまに行きます。
身寄り問題って本当に根深い社会課題なんだよね。困ってるけど、どうしていいか分からないっていう人が多い。それで2017年に勉強会しようって企画したら、60人ぐらい集まったの。あ、こんなにみんなが困っていたんだって実感して。最近では色んな自治体がガイドラインを作ろうって動きになってるよね。
本当に色んな活動していますよね。NPOもそうだし、バーとかヒーローとか。その中で、須貝さんにはいつもいい仲間が集まってるっていうイメージがあります。
2017年にNPOを立ち上げて、毎月休まずに勉強会を続けてきたのが大きいかなぁ。あの勉強会がプラットフォームになってる。ずっと対面の定例会を続けてきて、あえてオンラインではやらなかったの。定例会のテーマは何でもいいんだよ。終わった後のロビー活動が大事でね。そこでみんなが名刺交換することで、自然と輪が広がった。これってオンラインではできないことだから。
そのスタンスがとてもいいと思います。テーマも幅が広いから、どんな分野の人でも行きやすい。予約もなしで、仕事帰りにふらっと寄れるっていうのがいいなぁって思います。行けば知ってる人にも会えたりして。あ、そう言えば、日本縦断の話も聞いてみたい。その原動力ってどこからくるんだろう。

あれはね、俺という人間とやろうとしてる活動を知ってもらうためにね。夢だったってのが半分、コマーシャルが半分だよね。NPOを立ち上げるってタイミングでもあったから。本当は定年になってからやろうかなとも思ってたけど、体力的に無理かもなってのがあってね。もう行ってしまおうと。
日本縦断でさらに仲間は増えましたか?
もちろん!!あれさ、クラウドファンディングでみなさんにご協力もしてもらったんだよね。歩いてる途中、途中で応援してくれる人もいたし、終わってから講演会にお声がけいただいたりね。疲れたけど、やってよかったと思ってる。
須貝さんはいつも活き活きしてるイメージがある。シンプルに福祉をやってて楽しそうだなって。今はどんな活動に力を入れているんですか?
今は「おじさんレンタル」かな。困りごとを抱えている人におじさんという労働力と経験という知恵を貸し出すのね。その活動が持つ互助・共助性っていうところにフューチャーしたい。身寄り問題の解決策のひとつは互助だと思ってるから。役所へ一緒に行ったり、マイナンバーの手続きを手伝ったりとかね。定年したおじさんたちに登録してもらって、事務局をうちがやって。そこで依頼を受けて派遣するの。これを地域に広めると、地域互助ができあがるんじゃないかって。
須貝さんのところに相談に行って、「これやりたい。」とか「こんなこと考えてるんだ。」っていう声がたくさん形になってますよね。
俺ね、三度の飯より人の野望を聞くのが好きなの。一緒に酒飲んで、その人が持つ野望を聞くのが大好きなんだね。それを聞きながら焼酎3杯は飲める。俺自身が好きなバーをやったり、ヒーローやったりすることができてるから、やる気があればできるよって思うの。だから、なんか手助けできることがあればやるよってスタンスは持ってる。

これからの10年は何を見据えてるんですか?
例えば、「布団バンク」みたいなことをやりたい。生活に困窮されている方で、清潔とは言えない布団で寝てる人がいるでしょう。あとは被災された方とか。やっぱりさ、安心して寝るには綺麗な布団が必要だと思ってるの。だから、NPOの活動で知り合った会社の経営者とかにスポンサーになってもらって実現したい。あとは民間企業で働く人たちとの交流かな。福祉のフィールドにはいない人の意見が「それいいね。」ってなることが多いんだよね。経営者の集いみたいなのに積極的に参加して、福祉の現状とか課題を聞いてもらう。そうするといい意見をもらえたり、協力してくれる人が出てくるんだよね。
なるほど。さらに活動領域が広がりそうですね!
うん。でも、もう俺いっぱいいっぱい(笑)。けどさ、始めたものは長くやっていかなきゃいけないと思ってる。特に法人後見なんかはとても大事。だから次の若手を育てるってことも使命のひとつだよね。それが課題でもあるんだけど、これからの俺のテーマのひとつかな。
とにかく、お身体にお気をつけて。今後の活動を楽しみにしています!!