

認定社会福祉士(高齢分野)。関川村健康福祉課地域包括支援センターせきかわ 社会福祉士。大学卒業後、病院ソーシャルワーカー、在宅介護支援センターソーシャルワーカー、地域包括支援センター社会福祉士、生活支援コーディネーターとして勤務。認定社会福祉士制度、スーパーバイザー登録。新潟県社会福祉士会では高齢者虐待対応専門職チーム員として活動。
社会福祉法人桜井の里福祉会 ケアプランセンター桜井の里 主任介護支援専門員。認定社会福祉士(高齢分野)。愛知県出身。日本福祉大学社会福祉学部を卒業し、愛知県や東京都で活動。平成8年新潟市へ転居後、高齢者支援に17年間従事。日本社会福祉士会地域包括ケア委員会委員や新潟県介護支援専門員指導者などを歴任。新潟県介護支援専門員養成研修委員会委員長。新潟の温泉と淡麗辛口の日本酒を好む。
佐藤さんとはもう30年近くのお付き合いになりますね!!改めて、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。
社会福祉法人桜井の里福祉会のケアプランセンター桜井の里で介護支援専門員をしています。それまでは、地域包括支援センターで、平成18年の創設時から令和5年まで勤務をしておりました。新潟県社会福祉士会での活動としては、平成20年から高齢者虐待の専門職チームを新潟県弁護士会と一緒に立ち上げ、メンバーとして活動をしています。
私は関川村役場の健康福祉課内直営の地域包括支援センターで社会福祉士をしています。大学を卒業してから病院のソーシャルワーカーとして勤務をして、その後、在宅介護支援センターのソーシャルワーカー、地域包括支援センター社会福祉士、それから聖籠町社会福祉協議会(以下、社協)に戻って生活支援コーディネーターとして勤務しました。やっぱり個別支援をしたいなって思って、現職に至ります。新潟県社会福祉士会での活動は、佐藤さんに声をかけていただいたのがきっかけです。
私は大学を卒業してから地域福祉の仕事を志望して、社会福祉協議会に勤めましたが、社会福祉士の資格を取ったころからずっと地域福祉の中でも個別の支援、在宅で暮らすご利用者の支援をしたいと思っていました。その方が一番安心するお宅で生活をすることが自然で当たり前になると良いと思っていました。なので新潟へ転居することをきっかけに在宅介護支援センターで働きたいと思い就職活動をしましたが、縁あって老健で在宅復帰の仕事に従事することになりました。けど、在宅復帰の支援を一生懸命に実践すると「ベッドが空くから困る。」って病院の経営陣から怒られたこともありました。宮下さんはキャリアの途中で社協へ戻ったけど、私は逆で地域福祉の仕事から個別支援へ、ご利用者の暮らしを地域で支えること、それを応援することに魅力を感じていました。
色々な課題を抱えながらも、その人らしく地域で暮らすことができるようにお手伝いをすることができると嬉しいですよね。先日も一人暮らしの方が骨折したと聞いて、心配なので訪問しました。医師からは入院を勧められていたんですけど、地域の方々に支えられながら、その方の暮らしが守られている場面を目にして、「誰かとつながりながら、地域で暮らすって素敵なことだな」って改めて実感しました。
在宅支援や在宅介護の仕事って、そういうときに喜びを感じますね。私は個別支援の仕事は最初の居宅介護支援事業所勤務の際に精一杯やり切ったという思いがあり、それからは、メゾ、マクロレベルの仕事の方へと興味が広がっていきました。そんな頃に地域包括支援センターが創設されました。地域包括の仕事はミクロ・メゾ・マクロすべての実践ができるところに魅力を感じていました。個別支援も当然しましたが、地域包括支援センター勤務のときは、個別支援より、地域へのアプローチの実践に自ずと偏っていたことに、今再び居宅介護支援の業務に従事するようになり気づくことができました。

佐藤さんのこれからの活動領域というか、展望をお聞きしたいです。
新潟県介護支援専門員協会の養成研修委員長の任期があと1年あります。ですので、育成という面をもう少し見届けたいと思います。介護支援専門員の育成にこだわりがあるのは、ソーシャルワークを介護支援専門員がもっとできるようにならないといけないという思いを、25年前の介護保険創設当初から強く持ち続けているからです。ケアマネジャーが不足している状況の中で、質を担保しながら人の育成に努めなければいけない。
私は成年後見人として働きたいという思いがあります。制度変更が検討されているので、この先どういった状況になるのかは分かりませんが、独立して後見人の仕事をすることも視野に入れたいと思っています。やっぱり、個別支援を中心に見据えたソーシャルワーカーであり続けることに魅力を感じています。
個別支援と合わせて、地域や社会に働きかけるような仕事に携わることができるのは、ソーシャルワークの魅力のひとつですね。私はソーシャルアクションという領域にこだわって、福祉業界の発展や人材育成、地域づくりといった仕事を今後も大事にしていきたいと思っています。
社会福祉士の仕事や専門性の発揮は、すごく難しいことです。そんな中でも、私たちが関わりを持つことで、困難を抱える方が少しずつ変化をしていく過程に寄り添うことができることにやりがいを感じます。最初は訪問すると嫌な顔をしている人でも、何度か足を運ぶうちに自分自身のことを話してくれるようになったり、笑顔を見せてくれることが嬉しいです。そんなとき、やっぱり私は個別支援が好きなんだなーって思います。
個別支援を実践するソーシャルワーカーと、その実践を確かなものにするための育成というのは両輪ですね。支援の実践にはネットワークも必要になります。新潟に戻って来たとき、ソーシャルワークの実践には横のつながりが必要だと感じて、新潟県社会福祉士会に入会したことを思い出します。
分からないことがあったら電話をして、相談することができる関係性は、社会福祉士会という職能団体ならではのつながりだと思います。佐藤さんにもよく電話をしてましたね(笑)。

社会福祉士の資格を取って終わりではなく、勉強してきたことをすぐに実践に反映することができるか、そこからさらなる学びが必要になってきます。研修に出て知識を得るだけではなく、高い志や目標を持っている人と接することも学びになります。そして、時代の変化に対応した研修や学びの場が必要です。虐待対応の研修でもスキームが古くなっている部分があるので、そういった部分を更新して、伝えていかなければいけない。例えば、資料には『ゆっくり面談する』って書いてあるけど、その面談スキルはどのように学ぶのか、『ゆっくり』とはどういうアプローチ・モデルを使うことなのか学んでいくことが必要になるわけです。前職の私の尊敬する上司も社会福祉士でしたが、社会福祉士の資格手当を創設してくれた時、自分の資格を維持するために新たな学びに使うようにと言われました。所属は変わってもそれを今も実践しています。
私は実践している支援が有益なのかなって迷ったときには、一緒に学ぶ仲間である社会福祉士に相談しています。私の技術や知識が不足しているということは、ご利用者の不利益になる。だから、知らないことは素早く解消して、それをしっかりと実践につなげたいと思っています。だから、毎日が勉強ですし、相談することができる相手がいるということは、私にとっては宝物です。

学びを深めて身についたソーシャルワークは、一生涯のライフワークにできることだと思います。福祉の理論や方法論にはとても深くて、普遍的なものが多くあります。バイステックの7原則なども専門職だけのものにしないで、一般に広めたら世の中変わっていくと思うんですよ。学びによって誰もがソーシャルワーカーになれるわけです。それが地域の力にもなりますね。
つながりや連携を持ちながら仕事をすることもソーシャルワークの醍醐味のひとつだと思います。困ったときに同じ思いの人が近くにいてくれると相談もしやすいし、継続して一緒に学んで成長することができます。
福島の復興支援活動でいわき市に行ったときに、語り部の方が「あの津波の日の出来事を語れるようになるまで2年半かかった。」とおっしゃっていました。震災体験の苦しみ、それを誰にも伝えられないということは、苦しみを増幅させることだと。私たちの仕事も苦脳を一人で抱えてしまって、自分を傷めてしまう人がいる。つながりの中で安心して語ることは、私たちが元気であるためにも必要です。語り部さんが話してくれた、「(胸の中に抱えていることは)SNSに書き込んだからといって解消されることではない、人間が話を聞いてくれるから癒されるんです。」という言葉がとても印象に残っています。社会福祉士会の研修や活動の中で、そういった意義のあるつながりを持ってもらえるとうれしいです。