

大学教員。専門は、子ども家庭福祉、社会的養育。児童養護施設職員を希望し、社会福祉士が取得できる大学に進学。入学後、施設職員になるのは、保育士資格があるといいとの助言を受け、保育士資格を取得。大学院進学後、専門学校に就職。そこで「コミュニティワーク」を担当したことから、地域を基盤とした福祉に関心が高まる。結婚を機に新潟暮らしがはじまり、26年目。出かけること、写真を撮ることが好き。
幼少期から学生時代に至るまでなんとなく生きづらさを感じつつ、親や友人たちの支えのおかげで「保育士」の資格を手にし、子どもや障がいのある方の支援に携わる。その後、「社会福祉士」として保育園や子育て支援センターで保護者支援をする中で地域とのつながり、多職種協働の重要性などを肌で感じていく。ギター片手に「歌って踊れる社会福祉士」として、公園などでこどもや保護者の方々と思い切り笑いあった日々はかけがえのない財産となっている。(得意な踊りはサンサン体操)。2015年より新潟市立乳児院施設長。
今日はよろしくお願いします。話したくなることは色々ありますが、まずは今の所属をお聞かせください。
新潟市立乳児院『はるかぜ』の施設長をやっています。立ち上げから関わって、今年で11年目になります。
社会福祉士の資格を取ろうと思ったきっかけをお聞かせください。
障がい者施設で仕事をしていた頃に社会福祉士の資格を取りました。それまでは、保育士の資格を活かして仕事をしていたんですけど、そこで働く先輩方が社会福祉士にチャレンジをしていたんですよね。実際、現場で仕事をしていても、何となく「今のままじゃちょっと知識不足なんじゃないかな?」って感じていたので、私も挑戦することにしました。
足りないと思ったところって何だったか覚えていますか?
圧倒的に知識不足を感じていました。保育士の資格だけで、相談援助全般に関わっていくことって難しいなと・・・。社会福祉に関する理論にしても、援助のあり方にしても、知識の範囲を広げていかないと太刀打ちできないと感じていました。

仕事をしながら、社会福祉士の資格取得は大変だったと思います。
はい!!大変でした(笑)。勉強中は布団で寝たことがなかった・・・。それまでは、先輩たちが話している内容が分からないことが多かった。そして、ご利用者支援の本質みたいなところも全然理解することができていなかった。社会福祉士の勉強をして、それを実践に反映させることで知識や理解が深まりました。
社会福祉の勉強をされて、資格も取られて、それがどのような場面に活かされていると感じますか?
一番大きいのはご家族への対応でしょうか。保育園の子育て支援センターで勤務をしていたのですが、そこには様々なご家族がいらっしゃって、色んなお悩みや困りごとを話してくれることが多かったんです。そういった場面で、ご家族が持っている力を尊重しながら、その話をお聞きする。こういったことは、社会福祉士の勉強をしなければ身につかなかったことだと思います。子育てのことで悩んでいるご家族に対して、自分自身がどのように存在することができるか?自己流ではなく、社会福祉の観点からのアプローチができるようになった気がします。

『はるかぜ』での仕事、一ノ瀬さんの役割をお聞かせください。
ご利用されるご家庭全体が支援対象になります。例えば、何か課題があって、親子分離をしなければいけない場面があるとします。そういった場面で課題を抱える保護者の支援に関わりを持ったり、子どもの生活支援をします。保育園と乳児院はそこが大きな違いです。ここでの仕事は子どもの一時保護という形で突然依頼が来ることが多くて、その段階では保護者と会うことができなかったり、虐待ケースや事情によってはこの場所を親に言えないこともあります。
保護者への支援では社会福祉士の資格やこれまで福祉に携わってきたことが活かされますね。
保育園では自分と保護者という関係性でしたけど、『はるかぜ』では児童相談所とも関わりが出てくる。児童相談所との連携を密にしないと子どもやご家族への最善な支援が難しくなります。『はるかぜ』と児童相談所のそれぞれの視点を大切にして協働をしなければいけない。支援者側の連携がダイレクトにそれぞれの支援に影響するんです。そこには、社会福祉士的視点が大切になります。
協働や連携というキーワードが出ました。ご家庭への支援や児童相談所との連携において、ソーシャルワークの知識で役に立っていることはありますか?
『はるかぜ』や児童相談所だけでは支援が不充分になる場合があります。そういった場面では地域の方たちにも協力をしてもらう必要があります。地域の中に自分たちの仕事を根付かせていくという視点は社会福祉士として持っていなければいけないと思います。保健師や保育園、障がい者施設など地域にはつながりを持たなければいけない資源が沢山あります。
施設の中だけで物事を考えてしまうと、いわゆる、ケアワークが中心になってしまう。でも、それだけではなくて、地域へ目を向けると、自然と福祉的な視野が広がりますよね。
自分たちの視点だけに拘るのではなく、あそことつながりを持てればもっといい支援ができそうとか、どんな協力が得られるかという可能性を探るために、地域の中にある資源へコンタクトすることは必要だと思います。そして、自分たちも様々なネットワークに参加をして、みなさんに『はるかぜ』を知っていただくことも大切だと思っています。
今の社会はまだ社会的養護を必要とする子どもを『かわいそうな子』と見る傾向があるのではと思います。でも、社会資源につながることは、子どもも保護者もよりよい生活を送るためのきっかけです。社会的養護につながるまでの過程が大変であっても、つながったことを子どもにとっても保護者にとっても、自分にはつながる力があるとポジティブに捉えて欲しいですね。
『はるかぜ』は、今アフターケアにも力を入れています。それぞれがここで一定の期間を過ごして、地域へ帰る。でも、ここへ来た理由が100%解消された状況ではないご家庭もあります。また、アフターケアの場面で新たな課題が出てくることもあります。だから、アフターケアは終わらない。でも、いつか終結という状況にまで辿り着きたい。これが今、施設が感じている課題です。そういったときに、地域とのつながりが大切になってくる。つなぎ先の開拓も今後の課題のひとつです。
課題が見えているということは、きっとこれから解消に向かう、あるいは、ベクトルがそちらへ向くということなんだと思います。では、改めてソーシャルワーカーとして大事にしていること、心がけていることはありますか?
立場としては管理職になり、直接、保護者支援をしたり、児童相談所のケースワーカーとやりとりする機会があまりありません。でも、現場の職員と同じ気持ちで、子どもの最善の利益のための仕事をしていると思っています。そこに至るためには、時間も使うし、話し合いもするし、嫌なことも言う。そこは信念として曲げることはできません。

難しい質問になるかもしれませんが、子どもや乳幼児を対象としたソーシャルワークは何?と問われたら、思いつくことはありますか?
基本はアセスメントにあると思います。0歳でも1歳でも、お子さんと保護者を含めたアセスメントをして、その子のことを深く知ろうとするということです。『はるかぜ』での支援も終わりに近づき、家に帰る準備が整ってきた途端に子どもの状況が悪くなることがあります。落ち着きがなくなったり、聞き分けが悪くなったり、身体症状が出たりする。そんな場面を目にするたびに、やっぱりどこかで不安を感じているんだなって思います。ですので、単に年齢に合わせた支援を実施するのではなくて、子どもの状態を的確にアセスメントしなければいけない。その上で改善点を見つけたり、アプローチ方法を変えた実践をする。そこに社会福祉士としての力量が問われるのかもしれません。ケアワーカーは目の前にいる子どもに一生懸命になっちゃうんですよね。今やっている支援を頑張ろうとする。それは本当に大事なことなんですけど、それだけでは真の課題に辿り着きにくい。そこを管理者や相談員などをはじめとする専門職みんなで見ていく『施設内多職種協働』も大切なソーシャルワークのひとつです。
最後に、これからの10年についてお聞かせください。
より質の高い支援が求められるようになると思います。今、なぜこのように実践しているかという根拠を言語化していかないといけない。支援をルーティンにするのではなく、根拠を示していく必要がある。『ここではずっとこういうやり方だから』というのは理由になりません。子どもには養育者の価値観がものすごく反映されてしまうので、この瞬間に実践している支援の根拠を共有していかないといけない。今、『はるかぜのライフストーリーワーク』という冊子を作って、新しく入ってきた職員を含めて全職員に読んでもらっています。『はるかぜ』にはこんな歴史があって、こんな実践をやってきて、こんな風に変わってきたんだということを10年の節目で施設内研修としてやったんですよね。こうした施設の生い立ちの引継ぎのようなことをすることも大事だと実感しました。
方法論やマニュアルではない部分の歴史とか施設の存在意義のようなことの引継ぎは大切ですね。今日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。